銀座松屋と鶴屋呉服店

銀座松屋の創業時代のエピーソドをネットで調べてみました。

松屋の前身は鶴屋呉服店という名前でしたが、松屋呉服店を買収して現在の松屋に至っています。さて、「買収」という言葉を聞くとどんなイメージですか?


マスコミで話題になったニュースからですと、お金の力で他の会社を乗っ取るような、ダーティーなイメージが強いようです。しかし、企業の生存競争と事業拡大のために「買収」は盛んに行なわれています。

松屋が鶴屋呉服店に買収されるようになったエピソードを紹介します。


『横浜の鶴屋呉服店は明治2年の創業と日は浅いが、横浜が新興都市として成長するのに応じて大きくなった。明治22年のこと、取引先の塚本商店から東京・神田今川橋の松屋という呉服店を買わないかと持ち込まれた。問屋としては売掛債権の確保のためだろう。

 鶴屋の古屋徳兵衛は「他人の不幸につけこむようなことはしたくない」と、いったんは断ったが、東京進出というのは魅力がある。さらに詳しく聞けば松屋は老舗ではあるが、神田の大火災で大きな被害を受け、跡継ぎの長男が稼業を顧みないなどで、適当な買い手を探していることがわかった。

そこで古屋は言い値の 13,000円で、従業員18名もそのまま引き取った。当初80,000円程度の売上げが、30年には20万円に伸びている。後に創業の横浜の鶴屋の名を松屋と改名して今日に至っている。最近の銀行が3階建ての名称にしたりしているのに比べると、さっぱりしたものである。』
「鶴亭雑話−M&Aへの備え」より



松屋は鶴屋に買収されることによって経営危機を助けられたのですね。さらに、松屋とかかわりのある取引先や松屋の従業員にとっても助けになったのでした。


「他人の不幸に付けこむことはしたくない」という言葉は、後に銀座の松屋として本店を銀座に出すだけの人徳を感じますね。


銀座松屋は今後どのようなデパートとしての魅力あるお店を見せてくれるでしょうか。